なぜ劇団がLGBTの講座をやるのか のお話

なぜ劇団がLGBTの講座をやるのか のお話。


■たった一人でも味方がいるといいねって話。

自分ってなに?と考えたことありますか?

アイデンティティーとか、自己の確立とか、そのためには自己肯定感が大事だよとか

いろんな話がありますよね。


私は小さいころから、子供時代って生きづらいな~って感じていました。

いろんな場所に行けないし、親の言うことは聞かないといけないし、

ご飯を一人で食べれないし、与えられた場所に留まるしかできません。


女の子の友達は人形遊び、おままごと、チェーリングで遊んでいましたが、

私は、超合金で遊んだり、木登りしたり、鉄棒やうんていをこよなく愛し、男の子と遊ぶ方が気が楽でした。


小学校にはいって、ますます、生きづらさを感じ

1つの教室に押し込められることや、男子や女子などで役割が変わり

いつも教室で手をあげて発言する私、ドッチボールで男子に勝ってしまう私は、

男子から女子からも変な目で見られる子でした。

自分では、え?なにが変なの?、囚われすぎでしょ~って感じでした。


そんな、子供時代を持て余す自分の味方になってくれたのは、学校の先生でした。

小学校3年生で、母が乳がんでしばらく入院することになりました。

自覚していなかったのですが、よく保健室に行って体の不調を訴えていたようです。

(となりのトトロのさつきな気持ちが痛いほどわかる)

母のいない寂しさと長女である自分がしっかりしないというプレッシャーに

押しつぶされそうになっていたのではないかと思います。


その時に味方になってくれたのが担任の先生でした。


国語の授業で「物語を書く」という授業がありました。

物語を書くことの面白さに触れ、現実から離れ物語の中で妄想にふけることで、現実を少し忘れることができていたのかもしれません。

その作品を先生がいたく感動してくれて、もう一作書いてほしいと頼まれました。

もしかしたら、先生がへこんでいる私に自信をつけさせたかったのかもしれません。

ここで、私は物語に救われる経験をしました。


そこから、私の作家人生は始まります。


って、えらく長い前置きですが、

たった一人でも味方がいるといいねって話。


■お芝居っていいね、ってお話

最近気になるのが、生きづらいママたち、パパたち、子供たちの存在。

情報が多い、世間体、失敗はあかん、子育ては成功しないといけない、いい母、父でいなければならない

新しいことはリスクがありすぎて手が出せない。未来が見えない、AIが!多様性ってなに?

にっちもさっちもといろんな呪いをかけらえれている、かく言う私もその一人です。


そこで、物語の登場なのです。

自分自身から離れて、物語の身を置くと、自分を俯瞰できたり、失敗もOK、

誰にでもなれる、自分の目や耳や体を使って感覚を楽しむ。

たった数分でも、新しい感覚が手に入る。


だからお芝居っていいね、ってお話。


■なぜ劇団がLGBTを取り扱うのか

いろんな事象や人、歴史、テーマにフォーカスできる演劇というものを作っています。

それは、何なのか!


ギュギュっとして、ぽーんのぽーんってことです。


どういうことですか?


時間をギュギュっと短縮して、見ている人にこんなん出来ましたけどとポーンと投げる。

そうすると、見ている人から拍手や笑いや涙がぽーんと返ってくる。


共感するってことですね。